福岡地方裁判所 平成2年(ワ)1359号 判決 1991年2月13日
原告
有薗美隆
同
川辺秀行
右両名訴訟代理人弁護士
林正孝
被告
クレジット債権管理組合
右業務執行者
中央クレジット有限会社
右代表者代表取締役
玉木安路也
被告
玉木英治
同
中央クレジット有限会社
右代表者代表取締役
玉木安路也
右三名訴訟代理人弁護士
青木康
同
堺祥子
主文
一 被告クレジット債権管理組合は、原告有薗美隆に対し、金八四万八一八九円及び内金八〇万五五六六円に対する平成二年一〇月三一日から、原告川辺秀行に対し、金九七万三五二八円及び内金九五万四二六六円に対する平成二年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 被告玉木英治は、原告らに対し、それぞれ金三〇万円及びこれらに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告中央クレジット有限会社は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれらに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。
六 この判決の一ないし三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一昭和六二年(ワ)第三三三四号事件
1 被告クレジット債権管理組合は、原告有薗美隆に対し、金九九万一四六六円、原告川辺秀行に対し、金一四〇万三三三三円及びこれらに対する昭和六一年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 被告玉木英治は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれらに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二平成二年(ワ)第一三五九号事件
被告中央クレジット有限会社は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれらに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告クレジット債権管理組合(以下「被告組合」という。)の従業員であった原告らが、被告組合に対し退職金の支払を求めるとともに、被告玉木英治(以下「被告玉木」という。)に対し名誉ないし名誉感情を毀損されたことを理由とし、また、被告組合の業務執行者である被告中央クレジット有限会社(以下「被告会社」という。)に対し違法な業務命令によって退職を余儀なくされたことを理由としてそれぞれ不法行為による損害賠償を求めている事案である。
一争いのない事実
1 当事者
(一) 被告組合は、昭和五一年五月に設立され、クレジット債権を有するか又は将来クレジット債権を取得する見込みのあるものによって構成され、昭和五八年三月現在で、その構成員(以下「組合員」という。)は、ローン・カード、家庭電気、自動車、石油等の業者等約四八〇〇名を数え、組合員から受託した管理債権残高は約五〇〇億円に及び、組合員は、入会の際出資金及び入会金を納入する外一定額の経費負担義務を負う。そして、被告組合は、組合員の有するクレジット債権を協力して能率的に管理することを目的として共同の事業を営み、業務執行を組合員の一人である被告会社に委任し、クレジット債権管理組合規約には民法上の組合であると規定されている。
(二) 被告会社は、被告組合の組合員であり、組合契約をもってその業務執行の委任を受けたものであるが、被告組合の従業員の雇用、解雇等の人事に関する業務をも執行している。
(三) 被告玉木は、個人信用情報機関である株式会社コンシューマ・クレジット・クリアランス(以下「C・C・C会社」という。)の代表取締役であり、被告組合を設立し、その業務執行を被告会社に委ね、被告組合の受託債権の調査業務については提携会社であるC・C・C会社に委託するという基本構想を考案したものである。なお、被告玉木は、被告会社の代表取締役である玉木安路也(以下「安路也」という。)の夫である。
(四) 原告有薗美隆は、昭和五七年六月一日、原告川辺秀行は、同五六年二月二日、それぞれ被告組合に雇用されたものである(ただし、原告川辺が昭和五六年二月二日から被告組合の従業員であることについて、<証拠>)。
2 原告らが被告組合を退職するに至った経緯
(一) 昭和六一年六月二六日、被告組合福岡事務所長であり、かつC・C・C会社の取締役であった大庭広幸が同社の取締役を解任された。
(二) 昭和六一年九月九日、被告玉木は、被告組合福岡事務所(以下「福岡事務所」という。)を訪れ、従業員全員を集合させ、前所長の大庭が被告組合の金を横領したので、その事件につき刑事告訴をしたことを告げた。
(三) 昭和六一年九月一六日、原告らは、大庭の後任である福岡事務所長板倉陸男から自宅待機を命じられた(以下「本件自宅待機命令」という。)。
(四) これに対し、原告らは、被告組合に対し、昭和六一年九月二二日付内容証明郵便により、名誉回復、職場復帰を求める旨の通知をした。
(五) 被告組合の業務執行者として被告会社は、原告らに対し、昭和六一年九月二四日付郵便により、東京地区事務所勤務を命じ、かつ同月二九日までに同事務所へ出所を命ずるとの業務命令を発した(以下「本件業務命令という。)。
(六) 原告らは、被告組合に対し、昭和六一年九月二七日付郵便により、右業務命令に従わない旨通知をした。
(七) これに対し、被告組合の業務執行者として被告会社は、原告らに対し、昭和六一年九月二九日付、同年一〇月六日付、同月一三日付の各郵便により、東京地区事務所へ出所を命ずる旨の業務命令を発した。
(八) 原告らは、それぞれ被告組合に対し、同年一〇月一八日、退職届を発送し、同届は、いずれも同月二〇日被告組合に到達した。
3 退職金規定
被告組合には、退職金規定はなく、C・C・C会社の退職金規定を準用している。C・C・C会社には、別紙第一記載の昭和四九年一二月一〇日から施行の退職金規程(以下「旧退職金規程」という。)と、別紙第二記載の同六一年三月一一日から施行の退職金規程(以下「新退職金規程」という。)がある。
二争点
1 被告玉木が、原告らの名誉ないし名誉感情を毀損した事実があるか。肯定される場合の慰謝料額。
(一) 原告らの主張
被告玉木は、昭和六一年九月九日、被告組合福岡事務所の全従業員の面前で、大庭の横領事件を告げた上、原告らに対し、「二年間も横領が続くことは誰かが協力しないとできないことだ。」、「原告ら二人は関与しないずはない。」、「正直に言うならば許してやる。」などと告げ、もって原告らの名誉ないし名誉感情を著しく毀損し、原告らの右による精神的苦痛を金銭に換算すればそれぞれ金一〇〇万円を下らない。
(二) 被告玉木の主張
被告組合は、組合員のために債権の調査を行うが、その方法として、東京本部が「レター」を債務者宛に発送する。これに対する債務者の回答は、被告組合の東京本部宛に送付されるか、地方事務所に電話をしてもらうという方法によって、大半がなされ、東京本部は、債務者から送付された回答書を地方事務所に郵送し、地方事務所は東京本部から郵送されてきた回答書を地区担当者に振り分けることになる。大庭は、このようなシステムを利用して、東京本部から郵送されてきた回答書の中の債務者と接触し、その債務者をして、被告組合以外の口座に弁済金を振り込ませ、また、「レター」を見て、地方事務所に電話をしてくる債務者に被告組合以外の口座に弁済金を振り込ませて横領行為をしたものと考えられる。
このような大庭の横領行為は、東京本部から送られてきた債務者の回答書を地区担当者に配らないか、又は、配られた後引き抜くのであり、担当者が不自然に思うのが普通である。また、債務者からの電話があり、その地区担当者が自分の地区の担当を大庭が行っているのを不自然に思うのが普通である。さらに、被告組合の口座でない株式会社福岡銀行博多駅東支店の口座から振込の連絡があったならば、連絡を受けた者は不自然に感じるはずである。被告玉木は、右の事情から福岡事務所の職員、特に二、三年以上の経験を持つ社員に対し、「本当に分からなかっのか。」等と問いただしたのであって、このような被告玉木の行動は極めて自然であって、原告らの名誉ないし名誉感情を毀損したとはいえない。
2 被告会社の本件自宅待機命令、本件業務命令及びそれ以降の各業務命令は違法なものか。右各命令が違法なものとした場合、右各命令と原告らの退職との間に因果関係が認められるか。肯定される場合の慰謝料額。
(一) 原告らの主張
被告会社の右各業務命令は、原告らが大庭の横領行為に関与したことを理由とするものである。
原告らは、被告会社の本件業務命令に対し、単身赴任かどうか、赴任地での住居について問い合わせたが、被告会社は、とにかく東京に来てからだと答えるのみで、原告らから全く事情聴取を行わず、原告らを退職に追いやるため自宅待機、東京転勤、東京地区事務所出所等の各業務命令を矢継ぎ早に発し、ついには原告らは、退職するのを余儀なくされたものであり、その精神的苦痛を金銭に換算すればそれぞれ金五〇〇万円を下らない。
(二) 被告会社の主張
原告らの右主張事実は否認する。
3 原告らの退職金には、旧退職金規程が適用されるのか、新退職金規程が適用されるのか。また、退職金規程の適用に当り、原告らの退職事由はどのように考えるべきか。
(一) 原告らの主張
新退職金規程は、旧退職金規程を従業員に不利益に変更したものであり、かつ、同規程の付則によれば、同規程の効力を昭和六一年三月一一日に遡及させるものであるが、同規程は、原告らが退職した後に変更されたものであり、原告らは、右変更に同意していないのであるから、原告らに新退職金規程の効力を及ぼすことはできない。また、原告らの退職は、前記一の争いのない事実2記載の退職の経緯から考えて、旧退職金規程二条の場合に準ずるものとみるべきである。また、原告らの退職年月日は、原告らの退職届が被告組合に到達した昭和六一年一〇月二〇日である。
(二) 被告組合の主張
新退職金規程の実施は昭和六一年三月一一日からであるが、この規程は、労働者の過半数を代表する伊藤括男及び清本義弘が賛成し、労働基準監督署長がその届出を受理し、承認している。また、原告らの退職は、原告らの一方的な退職申入れによる退職であり、自己都合によるものであるから新退職金規程三条によるべきである。
被告組合の職員の退職年月日は、当時被告組合従業員に対して一般的に準用されていたC・C・C会社の従業員就業規則によれば、原告らからの退職届が提出された後一四日間を経過した日と定められている。したがって、原告らの退職年月日は、昭和六一年一一月四日である。
第三争点に対する判断
一被告玉木の不法行為責任について
1 前記争いのない事実に証拠(<省略>)を総合すると次の事実が認められる。
(一) 大庭は、福岡事務所長であり、かつ、C・C・C会社の取締役であったが、昭和六一年六月二六日C・C・C会社の取締役を解任され、同年七月二二日被告組合の職員を解雇された。そして被告組合においては、同年八月末から九月初め頃、右大庭の横領の事実が発覚した。
(二) 被告玉木は、同年九月九日、大庭を告訴するため来福し、警察署に告訴状を提出後福岡事務所を訪れ、原告有薗を応接室に呼んだうえで、同所で、大庭の後任の所長になった板倉とともに原告有薗に対し、「大庭からお前小遣いをもらったことがあるだろう。いろいろ飲みに連れて行ってもらっただろう。」と問いただしたうえで、大庭が被告組合の金を横領したことを告げ、原告有薗に対し、「お前も共犯じゃないか。」と言い、これに対し原告有薗が右関与を強く否定すると、被告玉木は、「すでに博多警察署に告訴しているので、大庭が当然自白するから、今のうちに自白しておく方がよい。」旨の話をした。その後、被告玉木は、その日福岡事務所に居た従業員一一名全員を同事務所の中央部付近に集め、約三〇分間にわたって、大庭が横領したこと及び大庭を告訴していることを告げ、「だれか共犯がいないと継続的なそういう犯罪行為は成り立たない。だれか共犯がいるはずだ。」と言った上で、原告有薗に対し、いかにも決めつけるような言い方で、「有薗、お前やっただろう。」と言い、つづいて原告川辺に対し、同様決めつけるような言い方で、「川辺、お前もだ。」と言った。更に玉木は、「今、自分がやったということを正直に言えば、ここだけのことにして許してやる。」と付け加えた。なお、同日玉木から直接名指しで共犯者であるかのように言われたのは、原告両名だけであった。
2 以上の事実が認められ、被告玉木本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用することができない。
3 被告玉木は、被告組合の事務の有り方からして、被告玉木が大庭の横領行為に福岡事務所の職員、特に二、三年以上の経験を持つ職員が関与したと疑い、これを問いただしたのは自然であった旨主張する。これは被告玉木の行為に違法性がないと主張するもののようにも解されるので、以下この点を判断しておく。
証拠(<証拠>)を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(一) 大庭及び村田盛厚は共謀して、昭和五九年六月ころから同六一年六月ころまでの約二年間に、件数にして約五〇〇件、金額にして約四八〇〇万円を被告組合から横領した。
(二) 大庭が解雇された後、村田が所長代行をしていたが、同人も昭和六一年八月一〇日に被告組合を退職した。
(三) 原告らは、昭和五九年以前から被告組合に在籍していた。原告有薗の担当地域は福岡市周辺と筑後地区であり、福岡市内でも大庭による右事件が発生していた。
(四) 被告組合は、組合員のために債権の調査を行い、その方法として、東京本部が「レター」を債務者宛に発送し、その債務者の回答は、被告組合の東京本部宛に送付するか、又は地方事務所に電話をするという方法により大半がなされ、東京本部は、債務者から送付された回答書を地方事務所に郵送し、地方事務所は東京本部から郵送されてきた回答書を地区担当者に振り分けるシステムを採り、各地区担当者が、右回答書を送付してきた債務者と接触し、また、「レター」を見て、地方事務所に電話をしてくる債務者に対し、督促等をしていた。
(五) したがって、債務者からの電話があり、大庭が他の地区の担当をすれば、その地区担当者が不自然に思うのが普通であり、さらに、被告組合の口座でない口座から振り込みの連絡があったりしたら連絡を受けたものは、不自然に感じるのが当然と言える。
(六) しかしながら、被告組合では、債務の請求は原則として被告組合が委託している弁護士が当たることになっていたが、実際には被告組合の管理係の職員が債権の取立てをしており、昭和五九年六月ころ、大庭は、福岡事務所の所長代行(その後所長)、村田は、管理係の係長(その後所長代行)という地位にあり、被告組合のシステムを熟知し、しかも、実際に大庭は、管理係の業務である債務者への督促等の一部を担当し、村田も管理係で担当区域を受け持ち債務者への督促等の業務を行っていたもので、かかる地位及び職務を乱用して、大庭らは本件横領事件を起こしたもので、昭和五九年六月ころでも、福岡事務所において組合員から委託を受けている債権の数は約三万五〇〇〇件に及んでいた。
(七) そして、大庭らは、自らの犯行が発覚することを防止するため右債権の中で、自らが担当し、電話で反応をみて発覚する恐れのない債務者を特に選んで自ら開設した口座に送金させ、送金させる債権についてはお互いに他の職員に気付かれないようにするため、債務者からの電話がかかってきた時の対応の仕方についてはあらかじめ十分に協議していた。大庭らは、昭和五九年九月二六日、福岡銀行博多駅東支店に被告組合名義の普通預金口座を設けたが、郵便振込により送金する方が債務者からの問い合わせの電話が少いため、同年一〇月一一日には、博多南郵便局に、大庭を代表者とするクレジット管理組合名義で預金口座を設け、その旨を債務者へ架電するとともに、振込用紙を郵送して振り込ませる方法を採った。また、被告組合では、コンピューター処理による自動的な文書発送がなされているが、大庭らは、送金させた債務者については、被告組合から督促状等の資料が発送されることを事前に防止するため、債務者を把握しているカードを改ざんしたり、コンピューターに間違った住所を入力するなどして、債務者に督促状等の郵便物が郵送されないように細工をしていた。
以上の事実が認められ、他に原告らが大庭と村田の右認定の横領行為に関与していたことないしこれを疑わせるような事実を認めるに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、被告玉木が多数人の面前で、原告らだけを、それぞれ直接名指しし、断定的な表現で、「お前やっただろう。」等と言った行為は、さしたる根拠もないのに憶測に基づき、原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損した違法な行為で、不法行為を構成することは明らかである。
4 被告玉木の右不法行為により原告らの被った精神的苦痛を慰謝するための金額は、前記認定の表現方法、内容その他諸般の事情を斟酌すれば、原告らそれぞれに対し金三〇万円が相当である。
二被告会社の不法行為責任について
1 本件自宅待機命令の違法性
(一) すでに一の3で認定したように、被告玉木は、原告らが大庭らの横領行為に関与しているのではないかという強い疑いを持っていたところ、証拠(<省略>)によれば、被告組合では、昭和六一年九月一八日から二〇日にかけて、グアム旅行をすることが計画されていて、原告らもこれに参加する予定であったこと、しかし、原告らは被告玉木から同年九月九日職員らの面前で、名指しで横領事件の犯人であるかのように言われたことから、右参加を断ったこと、被告玉木及び安路也は、原告らが右グアム旅行中に証拠湮滅工作をする恐れがあると原告らを疑い、これを防止するために同月一六日原告らに対し本件自宅待機命令を出したこと、ここにおいて、原告らは、原告ら訴訟代理人に依頼して、同代理人を通じて、被告組合に対し、昭和六一年九月二二日付内容証明郵便により名誉回復、職場復帰を求めたこと、自宅待機命令を受けたのは被告組合の職員中原告らだけであること、以上の事実が認められる。
(二) 右認定事実によれば、本件自宅待機命令は、被告会社代表取締役安路也が、さしたる根拠もないのに憶測に基づき、原告らが大庭らの犯罪に加功していると疑い、原告らの証拠湮滅工作を防止する目的で発したものであり、それにしても、原告らのみに限定して本件自宅待機命令を発する合理的な理由は見い出し難いし、大庭らの金員横領行為は、計画的なものであって、原告らを含む他の職員が大庭らの行為に気付かなかったことも無理からぬ面があることをあわせ考えると、本件自宅待機命令は、被告組合の業務執行者である被告会社がその業務命令権を濫用して発した違法なものであるというべきである。
2 本件業務命令及びその後の各業務命令の違法性
(一) 証拠(<省略>)によれば、被告組合では、昭和五七年から同六一年までの間に福岡事務所から東京地区事務所に転勤した者がいないこと、本件業務命令は原告らが昭和六一年九月二二日原告ら代理人を通じて被告組合に対して内容証明郵便により名誉回復、職場復帰を求めた直後に出されていること、原告有薗は、被告組合の真砂総務部長に対し、単身赴任かどうか、赴任後の住居について問い合わせたが、同部長は、とにかく東京にきてからのことだと答えるのみで、右転勤に関する問合せに対し、被告組合及びその業務執行者である被告会社も何らの説明もしなかったこと、前認定の横領事件について、原告らを含む福岡事務所の職員たちが気付かなかったため、同職員ら全体について研修をする必要性があることは否定できないものの、原告らだけに限定して東京地区事務所で研修を受けさせる必要性があるとの合理的理由はないこと、本件業務命令は、原告らに対し、東京地区事務所勤務を命じ、かつ、昭和六一年九月二九日午前九時に同事務所へ出所を命ずるものであること、同月二九日付業務命令は、原告らに対し、同日から同年一〇月四日までの出勤停止処分にするとともに同月六日午前九時に同事務所へ出所を命ずるものであり、同月六日付業務命令は、原告らに対し、同日から同月九日までの出勤停止処分にするとともに、同月一三日午前九時に同事務所へ出所を命ずるものであり、同月一三日付業務命令は、原告らに対し、同日から同月一七日までの出勤停止処分にするとともに、同月二〇日午前九時に同事務所へ出所を命ずるものであること、以上の事実が認められる。
(二) 右認定事実に、前記認定の本件自宅待機命令は原告らに大庭の横領事件への関与の疑いがあり、原告らがグアム旅行中に証拠湮滅工作をすることを防止するためになされたものであることをあわせ考えると、被告組合の業務執行者である被告会社の代表取締役安路也がした本件業務命令は、真に原告らに東京研修を受けさせる目的の下になされたというよりも、原告らが大庭らの横領事件に関与していると疑っていた被告会社が、さしたる根拠もないのに憶測に基づき、原告らを福岡事務所から排除し、原告らが横領事件に関与しているかどうかを調査する目的の下にしたものであると認定するのが相当である。
そうすると、本件業務命令は、被告会社がその業務命令権を濫用してした違法なものというべきである。
(三) したがって、右違法な本件業務命令を基礎になされた被告組合の業務執行者たる被告会社代表取締役安路也がした昭和六一年九月二九日付、同年一〇月六日付、同月一三日付の原告らに対する出勤停止処分及び東京地区事務所への出所を命じる旨の各業務命令も本件業務命令同様業務命令権を濫用してした違法なものというべきである。
3 右各業務命令と原告らの退職との因果関係
(一) 右2に認定した事実に証拠(<省略>)を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 原告らは、前認定の自宅待機命令に対し、弁護士を選任し、昭和六一年九月二二日付の内容証明郵便で本件自宅待機命令の撤回及び円滑な職場復帰の実現を要求した。
(2) これに対し、被告組合の業務執行者である被告会社の代表取締役安路也は、原告らに対し、本件業務命令で、東京地区事務所勤務を命じ、かつ、同月二九日午前九時に同事務所へ出所することを命じたが、原告らは、右業務命令について、被告組合に対し、単身赴任かどうか、赴任地での住居はどうなるのか等について問合せをしたが、被告組合及び被告会社からは何ら誠意ある回答は得られなかった。
(3) その後被告会社は、原告らに対し、同年九月二九日付業務命令で、原告らに対し、同日から同年一〇月四日までの出勤停止を命ずるとともに、同月六日午前九時に東京地区事務所への出所を命じ、同月六日付業務命令でも、前記2(一)で認定したように出勤停止を命ずるとともに同事務所への出所を命じた。同様に被告会社は、同月一三日付の郵便により、出勤停止処分及び同事務所へ出所を命ずる旨の業務命令を発した。
(4) 原告有薗は、同年一〇月当時妻が妊娠しており、このような不安定な状態を脱して早く安定した職業を確保する必要があった。被告川辺においても、同年一一月三〇日に結婚が予定されており、結婚する前に現在の不安定な状態を解消し、安定した職業につく必要があり、右職業を捜すには一定の期間が必要であった。
そのため、原告らは、ついに、昭和六一年一〇月一八日、被告組合に対し、退職届を発送し、同各書面は同月二〇日に被告組合に到達した。
(5) 被告組合は、右各退職届の承認を留保し、原告らに対し、同月二〇日付でさらに業務命令を出した。
(6) 被告玉木は、個人信用情報機関であるC・C・C会社の代表取締役であり、被告組合を結成し、その業務を業務執行者である被告会社に委ね、被告組合の受託債権の調査業務については提携会社であるC・C・C会社に委託するという基本構想を考案した者で、被告会社の代表者には自分の妻安路也を配置し、自らは被告組合のコンサルタントとして被告組合の事務所に自由に出入りし、被告組合の従業員に指揮命令を行う等、被告組合において隠然たる力を有していた。
(7) このような被告玉木に横領事件の共犯者と疑われ、名誉を毀損された原告らは、被告組合にこのまま雇用されていたとしても将来の希望もなく、冷遇されるのみであると思料し、退職を決意したもので、このような原告らの決断は無理からぬものがある。
(8) 被告組合が原告らの退職届を留保したのは、原告らを引き続き雇用する意図のもとにしたものではなく、原告らの大庭らの横領事件への関与の有無すなわち、原告らの懲戒事由を明らかにするために、一時的に留保したものと推測できる。
(二) 以上の事実が認められ、右認定事実によれば、前記認定の一連の違法な業務命令、被告組合の誠意のない対応に対し、原告らは、もはやこれ以上被告組合の職員として勤務することは困難であると考え、余儀なく、昭和六一年一〇月一八日、被告組合に対し、退職届を発送せざるをえなかったものと認めるのが相当であり、したがって、一連の違法な業務命令等と原告らの退職との間には相当因果関係があるというべきである。
4 被告会社の責任
以上によれば、被告会社は、民法上の組合たる被告組合の業務執行者であるところ、被告会社代表取締役安路也は、本件自宅待機命令、本件業務命令及びその後の各業務命令を発し、原告らの退職を余儀なくさせたものであり、右について少なくとも過失があったというべきであるから、原告らの後記5の損害を賠償すべきである。
5 慰謝料額
<証拠>によれば、原告有薗は、失業保険を一か月支給され、昭和六二年二月二三日に極東化学ドライに就職したこと、原告川辺は、昭和六一年一二月一日にトヨタカローラ福岡株式会社に就職したことが認められる。右認定の事情の他、前記認定の原告らの被告組合における在職期間、自宅待機を含む数回に及ぶ違法な業務命令を受けたこと、これらに対し、弁護士を選任し争っていること、その他諸般の事情を考慮すると、被告会社の一連の違法な行為によって退職を余儀なくされた原告らの精神的苦痛を慰謝すべき金額は原告らそれぞれに対し金一〇〇万円をもって相当と認める。
三被告組合に対する退職金請求について
1 まず、旧退職金規程が適用されるのか、新退職金規程が適用されるのかについて判断する。
被告組合には、退職金規定がなく、C・C・C会社の退職金規定を準用していること、同会社には、昭和四九年一二月一〇日から施行の旧退職金規程と、昭和六一年三月一一日から施行の新退職金規程があることは、当事者間に争いがないところ、新退職金規程は、退職金に関する限り、旧退職金規程よりも、労働者に不利益なものになっていることが明らかである。
この点に関し、被告組合は、新退職金規程は労働者の過半数を代表する伊藤括男及び清本義弘が賛成し、労働基準監督署長がその届出を受理し、承認していると主張するが、右はその制定手続をいうに過ぎず、原告らが退職金について新退職金規程によることを承諾したこと、ないし新退職金規程の右不利益変更について合理的理由があることについて、何らの主張、立証もしない。
そうすると、原告らの退職金は、旧退職金規程によるべきである。
2 次に、原告らが、被告組合の業務執行者である被告会社の本件自宅待機命令等の一連の違法な業務命令によって退職を余儀なくされたものであることは、既に認定したところ、右によれば、原告らの退職は、自己都合による退職とはいえず、被告組合にはやむを得ない業務上の都合による解雇と同視すべき帰責原因があるというべきであるから、旧退職金規程二条各号に準じて別紙第一退職金規程添付の退職金支給基準率表支給基準率A(以下「別表A」という。)に定める支給基準により、退職金を支給するのが相当である。
3 ところで、本件においては、原告らが被告組合を退職したことについては争いがなく、原告らの退職の効力の発生時期につき、原告らは、昭和六一年一〇月二〇日を主張するところ、退職の効力が、従業員である原告らが自ら退職を申し出て即日効力を生ずるということはできないが(民法六二七条二項参照)、被告組合は、右期日から一四日経過後の同年一一月四日には原告らが退職したことを認めているのであるから、少なくとも被告組合主張の同年一一月四日には退職の効力が発生したことは当事者間に争いがないことになる。
そこで、原告らの勤続年数を算定するに、前記争いのない事実及び認定事実によれば、原告有薗は、昭和五七年六月一日、原告川辺は、同五六年二月二日、それぞれ被告組合に採用されており、<証拠>によれば、旧退職金規程五条は、勤続年数は入社後三〇日から起算し、退職の日までとし、勤続年数の一年未満は一か月につき一二分の一を加算し、一か月未満の端数は切り上げるものとしているから、右に基づき退職金算定の基礎となる勤続年数を算定すると、少なくとも原告らの主張する勤続年数すなわち、原告有薗については、四年四か月、原告川辺については、五年八か月の範囲では原告らは被告組合に在籍していたことが認められる。また、別表Aによれば、退職時の基本給を基準としてこれに右勤続年数を乗ずるものとされているところ、<証拠>によれば、退職当時の基本給が原告有薗については金一八万五九〇〇円、原告川辺については金一六万八四〇〇円であることが認められるから、原告らの退職金は、別紙計算書記載のとおり、原告有薗については、金八〇万五五六六円、原告川辺については、金九五万四二六六円となる。
4 次に、退職金の支払時期について判断するに、旧退職金規程八条には、「退職金の支給は退職後すみやかにその全額を支払う。」と規定しているが、「すみやかに」の意義については、他に特段の事情のないかぎり、訓示的意味を有するにすぎないものと解するのが相当であり、右特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、他に本件退職金の支払につき期限の定めを認めるに足りる証拠はないから、本件退職金支払債務は期限の定めのない債務というべきである。そうすると、原告らが退職金を請求したときに、その期限が到来することになるところ、<証拠>によれば、原告らが、被告組合に対し、昭和六一年一〇月二五日到達の通告書で退職金の請求をしていることが認められ、右原告らの退職金請求の意思は、原告らの退職が認められる同年一一月四日の時点でも継続しているものと考えられるから、同日に期限が到来しているものと解するのが相当である。したがって、被告組合は、昭和六一年一一月五日から本件退職金支払義務につきその遅滞の責任を負うべきことになる。
5 弁済の供託
<証拠>によれば、被告組合は、退職金及びその遅延損害金として、原告有薗に対し、金一一万七九三八円を、原告川辺に対し、金一七万〇九三七円をそれぞれ提供したが、同人らが受領を拒否したので、平成二年一〇月三〇日にそれぞれ右金額を供託していることが認められるから、右金額を本件退職金に対する遅延損害金に充当すると、別紙計算書記載のとおり、被告組合は、原告有薗に対し、金八四万八一八九円及び内金八〇万五五六六円に対する平成二年一〇月三一日から、原告川辺に対し、金九七万三五二八円及び内金九五万四二六六円に対する平成二年一〇月三一日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払義務が残存することになる。
四以上によれば、原告らの本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償金のうち被告玉木に対し、それぞれ金三〇万円、被告会社に対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれらに対する昭和六一年一〇月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに被告組合に対し、原告有薗は、金八四万八一八九円及び内金八〇万五五六六円に対する平成二年一〇月三一日から、原告川辺は、金九七万三五二八円及び内金九五万四二六六円に対する平成二年一〇月三一日から支払済みまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由がある。
(裁判長裁判官堂薗守正 裁判官小泉博嗣 裁判官一木泰造)
別紙<省略>